日々の小さな決断が将来の大きな決断をアシストする

昨日、夫の実家に行ってきた。
姑の思考のオーガナイズをするためだ。

姑と舅はキッチンのリフォーム話で揉めている。
詳細は省くが、キッチンはなかなかの危機的状況である。

問題は、何が問題なのかわからないこと。
お正月に訪問した際も話を聞いたのだが、姑の話は二転三転する。
最後は、舅への愚痴・悪口・暴言で終わる。

血の繋がった親ではないから私はまだ耐えられるが、子供である夫や義妹たちにはたまったもんじゃないだろう。3人は悲しそうな表情を浮かべていた。

嫁としては正直めんどくさい。
放置しておきたいところだが、キッチンの状況を考えるとそうも言っていられない。
危機的状況なのだ。

何度か話を聞いて、何も変化しないので少し動くことにした。

何もしない舅の代わりに姑と一緒にショップへ行った。

それから2週間後。
夫宛に姑から電話が来た。
夕方、スーパーへ買い物に行った時のことだった。

夫婦二人で仲良く夕飯の食材を選んでいた。全豪オープンの決勝が控えていた。

早めに夕飯の支度をして万全の体制でなおみちゃんの応援をしたい。

そう思っていたのに、姑の電話は長く要領を得ずなかなか終わらない。

愚痴を聞かされ次第に夫もイライラし始める。

堂々巡りだ。

「またかけ直す」と言って電話を切るよう夫に伝えた。

帰宅途中、姑から夫にLINEが来た。

今日はもう電話しなくていい。と。

わけがわからない。

全豪オープンテニスの決勝を見た。

第2セットの終わり。優勝目前でポイントを逃し苛立つ大坂なおみ。

このままズルズルと心が乱れてしまうのか。どきどきしながら見た第3セット。

大坂なおみは崩れたメンタルを立て直し見事な初優勝&世界ランク1位。

おめでとう。素晴らしかった!

気持ちを切り替え自分を励まし、目の前の課題に立ち向かう。

その姿に胸が熱くなった。

そして思った。

「私は逃げていないだろうか」

めんどくさいこと、やりたくないこと、なぜ私がやらなければならないの?と思うようなこと。

「私は逃げていないだろうか」

知らんぷりを決めこみ、運に任せ、天に任せ、どうかよくなりますようにと祈るだけではないだろうか。

問題がひとりでに解決することは、絶対にない。

問題が起きたからには対処しなければならないのだ。

たとえそれが私がやるべき問題だと思わなくても。

現在ストレスを抱えているのなら。

そして、将来なんらかのリスクが発生するのであれば。

対処するしかない。

夫の実家のリフォームの問題を、自分の問題として解決に乗り出そう。

そう決めた。

コミュニケーション能力に自信のない私には迷いも多い。

どこまでやるか、どこからはやらないか。

姑との関係だけでなく、夫との関係も考える。

でも、決めたのだ。

夫はこのまま放置したい様子で「来週行くよ」と先延ばしにしようとした。

私はまず、夫の説得から始めた。

「おかあさんの話を聞いて、何がしたいのかしたくないのか考えを整理するお手伝いをしてあげようよ。私たちだって、何が置きてるのかがわかればイライラせずに済むでしょ。それに、今日行けば、来週一週間どうなったかなって考えなくて済むよ」

「おかあさん一人では無理そうだよ。もしかしたら今までは、亡くなったおばあちゃんに相談してたのかもしれない。でも死んじゃったでしょ。相談する相手がいないのかもしれないよ。そういうことも話を聞いてみないとわからないでしょ」

「たとえこの先、問題が解決しなくても『やれることは全部やった』って思えたら、スッキリして知らん顔できるでしょ」

「問題がひとりでに解決することは絶対ないんだよ」

「私だけでも行ってこようか?行って事情を聞いてこようか?」

説得の結果行く気になってくれた。

そして、夫の実家へ。

姑の話を聞き、要望を整理した。

舅にも話を聞いた。

結果、わかったことがある。

姑は今まで大きな決断を他人任せにしてきた。そのツケが今になってまわってきているのだ。

やりたいと言えば誰かが動き、嫌だと言っても誰かが動く。

めんどくさいことを誰かに肩代わりしてもらい続けてきたのだ。

大きな問題の決断は、いきなりできない。

小さな問題を解決し、失敗体験と成功体験を重ね、 徐々に大きな問題に立ち向かえるようになるのだ。

小さな問題。

例えば断捨離。

頂き物だけれど、私は好きではない。

高価なものだけれども我が家では使わない。

手放していいか迷う。

捨てることへの罪悪感もある。

活用できなかったことへの後悔がちらつく。

小さなものから大きなものまで。

姑は片付けられない捨てられない。

決め台詞は「おとうさんが捨ててくれないのよ」「おとうさんが勝手に捨てるなって言うのよ」

確かに、舅も片付けられない捨てられない。

自分の妻が泣いて喚いてリフォームの話をしているのに「やればいいじゃないか」「好きにすればと言ってるだろ」言うだけで動かない。

似た者夫婦。

そして二人の姿は、かつての私とそっくりだ。

だからこそ、決断と行動を肩代わりしない。

自分で決める。

自分で動く。

望む幸せのためにプレッシャーと戦い、不安を抱えながら決断をする。

その決断が失敗でも成功でも、経験値は増える。

繰り返し繰り返し。

自分で決めて自分動くことではじめて、私たちはどんな結果も受け入れられるようになる。

感謝がうまれる。

問題が起きたら、それは成長のチャンスなのだ。

人は自分が選んだものによって形作られる。

親が、まわりが、愛してくれないからこんなにも苦しいのだ。

親が社会が、私をもっと理解してくれたら、私はもっと自分に自信が持てるのに。

そのような思想を選ぶなら、そのような人間として一生を過ごすだろう。

人は小さな問題を解決することで、自分に自信が持てるようになる。

失敗体験と成功体験を重ね、自分を許し他人を許せるようになる。

自分の望みに真摯に向き合い、叶えようと行動するから、自分を好きでいられるのだ。

自分で自分のことが好きになれないのは、他人のせいじゃねーよバーカ。

震えながら進んで行こう。

大丈夫。

あなたならできる。

できるよ。

問題がひとりでに解決することは、絶対にない。」はこの本から。

なぜ私がやらなければいけないの!?
そんな理不尽な問題に立ち向かう勇気と知恵が詰まってます。