学びの順番は人それぞれ

ども!ライフオーガナイザー®のオオノです。

最近、強く思うのが「学びの順番は人それぞれ。みんなができていることが難しい人は、みんなと違う順番で学んできてるだけ」ということ。

日常生活の細々したことが苦手です。

いまだに朝起きること・夜寝ること・お風呂に入ることあたりは苦手です。

体がねー、動かないねー。ほんと動かないね(笑)

こういう「みんなできてて当たり前なのかも」という行為が苦手だと、劣等感が育ちまくるわけです。

日常生活の細々したことが苦手だと、なにか1つくらいは特化するんですが、その特化したものがゲームだったり、ギャンブルだったり、お酒やタバコあたりの、そこ特化しちゃっても生産性ないね!な対象だと後ろめたくてもうどうしようもない。

この後ろめたさを感じないレベルまでいかない、我が身の中途半端さったら……。

うらやましくなるよ、天才たちを。

でも。

今までみんなと違う順番で学んできた人は、自分の感覚を守るってことをしてきたんです。他人にどう言われても、言う事聞かずに我流でやってきたはずなんです。

自分で納得しない限りやらない。
そのかわり、自分が納得したらとことんやる。

これを続けてきていたはずなんです。

え?当たり前じゃないの? と思われるかもしれません。

当たり前じゃないよ!

「みんなできてて当たり前なのかも」という行為ができる人たちは、自分の納得を脇において動く人たち。

だから「自分の納得」が必要なシチュエーションで苦労する。

「あなたはどうしたいの?」と言われると固まってしまう。

だって、今までそんな風に物事を選んでこなかったから。

片付けでは「あなたはどうしたいの?」と問われる事ばかりです。

どんなリビングにしたいの?
どんなキッチンにするの?
どんな家でどんな暮らしをし続けるの?

ここで

「みなさんはどうされてるんですか?」
「普通はどうなんですか?」

って聞いちゃうような人と、

「そこそこ片付いてればいっかな」
「ルンバが走れる家にしたいです」

って答えられる人は、学びの順番が違っただけ。

前者はひとつひとつの細胞全部に染み渡るような「自分の納得」を探し、後者は「自分の納得」を脇に置いて色々やってみることを、片付けの現場では学びます。

劣等感や孤独感を抱きながら、なにくそ!と生きてくると、自分のことばかり見てしまうから気付かないんだよね。

他の人達が社会生活を学んでいる間、自分の感覚を守り育てることを学んでいただけ。

似たような順番で学んでいる人も必ずいるから。

大丈夫、みんな悩んで、みんな自分だけが苦しいって思って泣いてるから。
大丈夫、みんな学んで、みんな成長して、これもありだねって笑うから。

ひとつずつ、やっていきましょ。

〆のご挨拶

オオノミエコでした。

 

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