「私は」から「私も」、「みんなは」から「みんなも」へ。意識の変化

年の瀬にこんにちは! ライフオーガナイザー®オオノミエコです。

先日、年甲斐もなく母と大ゲンカしてから「ウォーター」しまくっております。

*「ウォーターする」……世界が一変するような気付きのこと。ネットスラング。

片付けでウォーターした
「ウォーターする」……世界が一変するような気付きのこと。ネットスラング。元ネタは、戯曲「奇跡の人」三重苦ヘレン・ケラーに言葉を教えるアニー・サリバン。ついにヘレンが言葉を理解する最大の山場。「奇跡」の場面。 ガラスの仮面

片付けでウォーターした時は「私」という存在に対しての観方が変わりました。

今回のウォーターは「集団」に対して。

私がいて世界がある、という意識が強い後者なもんで(´-∀-`;)…前者後者とは

「私はライフオーガナイザーのひとりです」というのに重さを感じていたんですね。

ライフオーガナイザーとして……

  • 似つかわしくないことをしてはいけない
  • みんなのイメージを壊してはいけない
  • 協会が定義しているLO像から逸脱してはならない

     

そんな勝手な思い込みで自分を制限していた

それが一文字変えただけで一変したんです。

「私は」から「私も」へ

「私はライフオーガナイザーのひとりです」から「私もライフオーガナイザーのひとりです」に変えた途端、「集団」に対する認識がガラリと変わりました。

それまで「私」という小さな存在に対して「集団」という大きなものがあるという認識だったんです(左図)

それが「私もライフオーガナイザーのひとりです」に言い換えたら、「個」という小さな存在がたくさん集まったものを「集団」というのだと感覚として理解できた。(右図)

今までずっと「集団」というものが何かわからなくて怖かったけれど、単なるラベリングだったのか!

と気付いた。

「みんなは」から「みんなも」へ

ずっと「集団」に入れない、どこに属していてもアウェイ感が強かった。

それもそのはず。

自分を「集団」と同化させよう、「集団」の中に境目なく溶け込もうという、そもそも無理なことをしようとしていた。

あ、私はこの私のまんまでいいのか!

「集団」っぽく自分を変えようとしなくていいのかwww

ウォーターしたら「みんなは」から「みんなも」へと、他人への観方が変わりましたよ。

何を言っているのかわかるだろうか

これで「わかる」と言ってくれる後者さんは少ないかも?

前者さんに至ってはチンプンカンプンかも?

と予想しているのですが、いかがでしょうか(笑)

わかってくれた方「わかった」だけでもいいんでコメントください!

泣いて喜びます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

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