前者後者とお片付け:家族の幸せ vs 私の幸せ

前者後者論を知って、

今までずっとこだわってきた事を捨てました。

それは「家族の前に自分」「すべては本人の片付けが終わってから」ということ。

まるっと全部捨てたわけではないのですが、以前よりは柔軟に

「家族が片付けてくれない」というお悩みに対応しております。

多少ですけどね。

「後者」+「個人の集合体が社会である」派

まず自分からだし、最後も自分だろー

っていう思考が根っこにあるから。

だけど、前者後者を知ってからは、

持って生まれた性質まっすぐに生きてる人だけでじゃないんだと。

「前者」+「社会の一員である個人」派

「後者」+「個人の集合体が社会である」派

だけじゃなくて、

「前者」+「個人の集合体が社会である」派もいれば、

「後者」+「社会の一員である個人」派もいると。

どういうことかというと、

「前者」+「社会の一員である個人」派→カレーを作る。材料を買い揃えて作る。

「後者」+「個人の集合体が社会である」派→料理を作る。今ある材料で作る。

こんな感じ。

この人達はあんまり悩まない。

理想と現実にギャップがないからね。悩まないよね。

悩む人達はこっち。

「前者」+「個人の集合体が社会である」派→カレーを作る。今ある材料で作る。

「後者」+「社会の一員である個人」派→料理を作る。材料を買い揃えて作る。

雑誌に出てくるようなおされスッキリ空間にしたいんだけど、鬼のように食玩フィギュア買い集めて放置してる夫がいる奥さんとか。

心地よいリラックスできる部屋にしたいんだけど、それがどういう部屋なのか具体的に言えない書けない描けない選べないドリーマーとか。

理想と現実にギャップがある。

理想が曖昧でふらふらして、何をどう動けばいいのかわからない。

悩むよね。

持って生まれた性質まっすぐに生きる方が格段にハッピーラッキーオッパピーなんだけど。

後者だけど気配りバッチリな人になりたい!

前者だけど自由気ままな小悪魔になりたい!

っていうのも願望だもんね。

やりたきゃやればいいじゃなーい。

自分の幸せ追求することこそが、家族の幸せでもあるんだよ?とか、

家族の幸せを思うなら、家族の意見を受け入れるのが必須ですよーとか。

感じたことはストレートに言いますが。

持って生まれた性質と真逆の生き方したって、

いいんじゃねーのかなーって気がしてきました。

だって、

ちゃんと、

病むもん( ̄m ̄*)

思考も感情も止めてくれない時は、肉体が止めてくれるもの。

大丈夫!

動かずにあーだこーだぐだぐだと腐っていくらいなら、やろう!

やりたきゃやればいいじゃなーい。

やるよー。

(前者後者とは→心屋さんの前者後者論

(読んでちょ→むかえさんの【保存版】前者後者って?(基本編)

〆のご挨拶

オオノミエコでした。

 

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