捨てたくないのに「捨てる」にこだわっていた汚部屋時代

昨日の記事を書いた後、ちろっと実家汚部屋時代の片付けを振り返りました。

この部分がひっかかって。

自分がやりたいことだけを、やりたいように、やりたい時だけやって、うまくいってくれ。

実家汚部屋時代も初期の頃は「部屋をなんとかしたい!片付けよう!」と片付け始める時がありました。

やりたいこと(片付け)を、やりたい時だけやってたわけです。

でも、果たしてやりたいようにやっていたかというと……

「捨てる」にこだわっていた

部屋を片付けるには、まずいらないモノを捨てること。

そう勘違いしていた当時の私。

今みたいにネットで情報を得られるわけでもないし、多種多様な片付け術もありませんでしたから、「捨てる」というやり方以外は知りませんでした。

でもねぇ、捨てたくないわけですよ。

まだまだ使えるまっさらなノートとか、時間ができたら読みたい本とか、ほんの数回しか着てない洋服だとか、たっくさんあるわけです。

他人から見れがモノが多いのかもしれないけれど、私にとっては全部必要。

なんならもっと欲しい、全然足りない。

でも、部屋をスッキリさせたい。

それには思い切って「捨てる」しかない。

でも、捨てたくない。

あぁ、もう、イヤッ!

「捨てる」は他人がうまくいくよと云っている方法

全然、やりたいようにはやってなかったんですね。

自分がやりたいことだけを、他人がうまくいくよと云っている方法で、やりたい時だけやって、うまくいってくれ。

だったんですね。

自分の気持ちを無視して、ただただ「捨てろ」と強制していました。

自分に合わせて工夫するという発想が、当時の私にはありませんでした。

好きな人と付き合いたいなぁ~と思う。

男を落とすには「相談して頼る」のが一番!と書いてある本を読む。

実践する。早く付き合いたいから「相談して頼る」をしまくる。

避けられる。

なぜ!?「相談して頼る」のがイイんじゃないの???

素直に実践したのに、うまくいかなかった!!あの本に書いてあるのは嘘だったのね!

だまされた!

って、おいおい。

相手の反応はどうだったの?

「相談して頼る」が効きそうなタイプだったの?

「相談して頼る」を乱発しすぎてうんざりさせてなかった?

恋愛ハウツーとか人付き合い論とかの他人相手の方法論は、ケースバイケースだよなと冷静になれるところがあるんですが、健康法とかダイエット法とか、自分のがんばりがダイレクトに絡む○○術はついムキになってました。

思い込みがありました。

働かざる者食うべからず的な。

ここで我慢すれば、欲しいものが手に入る。

嫌な思いをすればするほど、いいものが手に入る。

だから、捨てたくないモノほど「捨てる」とものすごくスッキリする。

そう思い込んでました。

まぁ、捨てたくなかったんで捨てずに汚部屋を選びましたけどね(o-∀-o)

他人の教えは舌で転がし味わってから

他人の教えを素直に信じたら「鵜呑みにするな」と言われ、
自己流を貫こうとしたら「他人の話にも耳を傾けろ」と言われる。

解決策を探したら真逆の方法が出てきてますますわからなくなる。

よくある話です。

私も汚部屋脱出時には、「捨てたくないなら捨てなくていいんですよ~。その代わり同じカテゴリのモノはまとめましょうね」という教えと、 ガラクタ捨てれば自分が見えるという真逆の教え、2つ同時に実践してました。

教えの中で、いまの自分ができることは全部やる。できないことは後回し。

他人の教えは舌で転がし味わってから飲み込むなり、噛み砕くなり、吐き出すなりすればいいんだって、開き直れた。

本当の意味で、自分がやりたいことだけを、やりたいように、やりたい時だけやった。

すると、いま目の前にある現実という結果を受け取れた。

なーんて書くと、すごい人みたいだけど(笑)

学んだことをすっかり忘れて、うまくいくやり方ってのに飛びつきます。

楽にウハウハしたいもん(*≧∀≦)

んで、

楽しようとしてしんどくなる('ェ')

当たり前のことを当たり前のように淡々と行う。

それが実は一番の楽な近道だったんだと知る。

みたいなことを嫌というほど繰り返して、ようやく最近になって一発逆転へのあこがれが減ってきたかなぁ。(なくなってはいないw)

片付けるぞと意気込むのではなく、

  • 汚れたままにしない
  • 散らかしたままにしない

この心がけが大事なんだなーと思うようになってきました。

んで、今日の汚れと散らかりは今日の内に落とす・片付けると決めると、逆にためてからガッツリ落としたい汚れやまとめて片付けたい散らかりに気付いちゃったりする。
(五徳の油汚れや衣類の片付けなど)

自分を変えようとしたり、ダメなところをなくしていいところを伸ばそうってコントロールするんじゃなくて、自分を発見することがなんか楽しい。

顔のシミは平気なのに、白髪はショック。とか、我ながら謎すぎてw

こんな風にひとりで遊べるから今みたいな、仕事がなければ朝8時半~夜23時くらいまで誰とも会わないという隠居生活が楽しいんだろうなぁ。

おもしろいよね、自分研究。

〆のご挨拶

オオノミエコでした。


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コメント

  1. やまざくら より:

    オオノさま初めまして。
    コメントは初めてだけど、以前のブログからの読者です。

    オオノさんは哲学者だと常々思っているけれど、この記事は特に思いました。
    これからも「うん、そうだったんだよ」と納得できる記事を楽しみにしています。

  2. オオノ より:

    やまざくらさま

    はじめまして!

    そうなんです。ついつい哲学っぽく考えてしまうんです。
    こんな風に考えて、ブログ書いて、私はスッキリするけど、それが一体何になるんだ?
    と、さらに考えたり……。
    考えているだけでは得られない答えをいただきました。
    コメントしてくださって、ありがとうございました♪(*´ω`*)

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