モノと向き合ってはいけない

片付け上級者がよくいってますが、

モノと向き合う

これ、

片付け下手にはオススメしません。

私も以前は、かっこよさげなんで言っちゃってましたが、

別にモノと向き合う必要はないよな~と宗旨変えしました。

モノと向き合うよりは、モノを当て馬にして自分を知る(愛でる)ってのがホントのところ。

片付け下手がモノとがっぷり四つに組んで向き合うと、

負けます。

だって、モノのほうが大事にされてるでしょ。

社会的価値あるでしょ。

っていう、

メッセージばっかりを受信しまくってるのが片付け下手さんの特徴。

片付け下手な人というのは、

モノを大事に

これを徹底している。

使えるモノだから、高いモノだから、価値あるモノだから……ってのを徹底している。

おいおい、モノモノ モノモノばっかり言ってるが、お前さん自身はどこにいるんだい?ってなもんです。

片付け上手な人というのは、

モノより人

これを徹底している。

使えるモノだろうが、私が使ってないから・好きじゃなくなったからいらない。ってのを徹底している。

まぁ、モノは大事にしましょうねって教わってきたもんね~(o-∀-o)

人間の命はたかだか100年くらいだけど、モノの命は何百年、千年クラスだもんね~。

後世の人々へのお役立ち度でいったら、かないません。

今はゴミでも500年経ったらどんなモノも貴重な資料になりますよね。

貝塚だって、食べて捨てた貝の殻の集まり。

つまりは生ゴミwwwゴミ捨て場がwww

姑への愚痴だって500年後には、

当時の庶民の生活をうかがい知る貴重な資料www

私達、人間は自分自身の運命を決めましょうよ。

モノの運命はモノ自体が決めてますよ。

優劣なんてありませんって。

シンプルに、自分が大事だと思ったモノを大事にする。

大事だと思えないモノに、自分の貴重な時間や労力かける必要はない。

たとえ市場価値があったとしても、自分にとってガラクタならそれはガラクタ。

逆もそうですよ。

たとえ誰からも非難されても、自分にとって宝物ならそれは宝物。

宝物としてふさわしい扱いをしてあげる。

モノのためではなく、それを宝物と感じる自分のために手間暇かける。

教わったやり方ではなく。

とんちをきかせて。

技を駆使して。

思い悩んでいる時って、スケールが小さく小さくまとまっちゃう。

でっかく、でっかく、今の自分を見て!

きっと500年前、1517年の室町時代の人たちも、

家族に文句たれたれしつつ別れずに、ご近所さんとはお金と仕事と健康とお天気と政治宗教ひいきの○○子供と親への愚痴不満ネタで盛り上がったりケンカしたりする日々だったことでしょう!

人の営みなんて、千年単位でも変わりませんから。

うっかり貴重な品物をなくしちゃっても大丈夫。

ガラクタを後生大事に取っておいても大丈夫。

何を捨てても、何を残しても、宇宙規模で見れば取るに足らない小さな事。

思うがままに。

ちなみに、1517年はマルティン・ルターが宗教改革を唱えた年だそうです。

Ωヾ(´ェ`*)ヘェヘェヘェ

〆のご挨拶

オオノミエコでした。

 

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